14.強豪 滋賀学院 霧隠才雲、現る

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 入部して数ヶ月が経った頃、受けるキャッチャーを気遣っているのか、本気で投げない才雲がいた。川原が神妙な面持ちで才雲に近づいた。 「才雲、お前まさか俺に気を遣って本気出してないとか無えだろうな?」  川原の目は怒りを抑えている目だった。 「いや、そんなことはない。決して」 「じゃあ、何で本気で投げない? 俺は侮辱と受けとるぞ」  川原は才雲の胸ぐらを掴んだ。 「俺らは真剣に毎日やってんだ」  様子に気づいた皆が集まってくる。川野辺が二人を引き離した。 「何やってんだ、お前ら。川原、やめろ。とりあえず事情を話せ」  川原が舌打ちし、才雲を睨んだ。 「才雲は本気でやってねえ。もし、本気でやれば俺のエースの座を奪うとか考えてんだったら、俺はよっぽど許せねえ」  川野辺が頷く。頷きながら、川原の背中を軽く叩いた。 「確かに。才雲、お前は入部した時の力をあれから出してない。何でなんだ? 遠慮なんて、一番最悪だぞ?」  才雲はグローブを見つめたまま、ゆっくりと首を横に振った。 「違う……違うんだ」 「何が違う? 才雲、お前は何でも隠そうとする。俺らは仲間だ。全て言え。俺らを信じろ。お前が裸をさらけ出したら、俺らは全員でお前に服を着せてやる。全員で壁を乗り越える。それが滋賀学院野球部だ」  才雲が顔を上げて周りを見渡す。野球部全員が才雲の目を見ていた。甲子園に立つべき男たちだ。才雲はそう確信した。 「言え、才雲」 「さらけ出せ、才雲」 「大丈夫だ、才雲」  身体が軽くなるような感覚。才雲は語り始めた。 「俺は……」  ───あの時、みんな俺の話を目を逸らすことなく聞いてくれた。俺は滋賀学院野球部のために全てを捧げる。  あの日、そう誓ったんだ。
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