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月掛、道河原は打球を目で追えなかった。一、二塁間を閃光のごとく抜けた打球がライト藤田の左側へ向かった。危うく後逸しそうになり、藤田はスライディングしながら捕球する。
「危ない。なんて打球の速さなんだ」
三塁側のベンチが沸く。三塁側のスタンドからブラスバンドの音が高らかに鳴り響いた。
滋賀学院、この試合の初ヒットは途中出場の霧隠才雲から生まれた。才雲は一塁ベース上で控えめにヘルメットに指をかけ、声援に応えた。
道河原から白烏にボールが渡る。白烏はそのボールを受け取って、少し満足げな顔を覗かせていた。今日、初めて真のピッチャーとして投げられている。この感覚さえ会得すれば、誰も打てるわけがない。その自信があっさりとひっくり返された。野球というスポーツの奥深さを肌で感じ、笑みさえ溢してしまうのだった。
静かに背伸びをし、続く打者、川野辺が打席へ向かおうと歩き始める。
「キャプテン、続きましょう!」
「キャプテン、次は打てます!」
ベンチ入りした2年生が川野辺の背中に声をかける。振り向いた川野辺が2年生へ向け、にこりと笑った。
「俺も必ず続く。みんなで甲子園に行くぞ」
はいっ! 大きな声に見送られ、打席へ向かう。その背中をネクストバッターズサークルに入った西川が見送った。
「お前は天才だ。あのピッチャーより、お前の方がよっぽど天才だ。俺はそう信じてるぞ」
「西川、ありがとう。俺ら二人で才雲をホームに返すぞ」
「分かってる。頼んだ」
「ああ、任せろ」
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