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川野辺の貫禄が球場を包む。二塁ランナーの霧隠才雲にどうしても意識が働くが、そんな生半可な姿勢で抑えられる打者じゃない。
シンプルに、一番自信のあるボールを、一番厳しいコースへ。それしかない。白烏が白球の縫い目にしっかりと指をかけた。
滝音も頭を切り替えていた。盗塁を刺して白烏を助けたかったが、相手はもう、化け物だ。一人一人打ち取っていくしかない。
『結人、サインはお前が出せ。お前の好きな球で良い』
『鏡水、じゃあ、これだ。内角にストレート』
『了解。腕振って投げてこい』
滝音はちらりと月掛を見た。その目線に気付いた月掛がぽんっとグローブを叩いた。こっちに打球が来るんすね。任されました。ニヤリと月掛が笑う。
白烏が川野辺に投じた3球目。
強烈なスピンがかかったボールは地面すれすれに投げられたように見えた。土煙を巻き上げながら、浮き上がるように川野辺の懐へ向かった。
「いいね、ボールが生きている」
川野辺は芸術と表現してもいい腕のたたみ方でボールをとらえにいく。更に身体がしなる。驚異の柔軟性で、誰しもがバットの根元にしか当たらないコースのボールを芯で捕らえた。捕らえられた白烏と滝音ですら、川野辺が見せた左打者として最高峰の姿に、美しいと見惚れた。
キイイイイイィィィィン!!!
打球音が皇子山球場に鳴り響く前、二塁ランナーの才雲は抜群のスタートを切った。
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