15.薄幸の伊賀者 魂の滋賀学院

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 右打席……。滋賀学院バッテリーは立ち尽くした。一気に桐葉が自分の間合いに引き込む。  危険だ。川原もキャッチャーも桐葉の作った間を怖れた。サインに頷き合う。そのサインによって桐葉に袋小路へ誘われると知らずに……。  滋賀学院バッテリーが選んだのはサイドスローからのシンカー。桐葉はピクリとも動かなかった。  ボーーール!!  桐葉がまんまとフルカウントに追い込む。人間、見慣れないものには臆病になる。いくら臆病になろうが、野球は先にピッチャーが投げなくてはならない。結果論だが、この時点を2ボールで迎えたことが滋賀学院バッテリーには痛手となった。フォアボールでランナーを溜めるのは大量点の引き金となる。滋賀学院バッテリーはストライクコースで勝負するしかなくなった。  今度は川原が間を取った。ロジンバックを手に取り、ぽんぽんと指で弾く。  汗が一粒、マウンドに落ちた。赤茶色の土が黒く染まる。三年間、どれだけの汗をこの土に落としてきた? 才雲の後を継いで、俺は何故逃げている。二年間、この滋賀学院を甲子園に連れていけず、最後に逃げる投球などしてどうなる。川原は先程のボールになるシンカーを投げた自分を恥じた。  負けてたまるか。今年こそ俺たちは甲子園に行くんだ。逃げるな。立ち向かえ。我、滋賀学院野球部なり。魂の滋賀学院、見せずに終われるかよ。  うおおおおおおお!!!  川原がマウンドで吼えた。桐葉が放った人を斬る冷気を吹き飛ばす。川原の身体が熱気に包まれていた。 「負けてたまるか! 逃げんな、俺よ! 俺がエースだ。みんなを、この学校のみんなを甲子園に連れていく。約束したのは俺だろうが!」  マウンドで川原は自分に向かって檄を飛ばした。スタンドから女子生徒の啜り泣きが聞こえてくる。  滋賀学院の生徒は皆、知っている。滋賀学院野球部は全校生徒の憧れであり、その希望を背負う野球部は皆、想像を絶する努力をしてきたことを。
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