15.薄幸の伊賀者 魂の滋賀学院

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 この試合、一番美しいフォームから川原の左腕がしなる。外角低めいっぱいへのストレートがレーザービームのように伸びる。工夫も何もない。だが、これが川原の生命線であり、最も得意なボールだ。真っ向勝負! このストレートは、川原の自己最速149kmを計測していた。 「水月刀」  土煙がたち、桐葉がひらりと円を描く。タイミングはピタリと合った。 「お前から空振りとれるなんて思ってねえ。魂こめたこのストレートの伸びに賭ける」  キイイイイイィィン!  桐葉の思い描いた世界は、追い詰めた川原が投じたストレートをスタンドに運んでの逆転ツーランホームランだった。が、右腕の神経が悲鳴を上げた。とらえたボールが重いのだ。  当然、ボールの重さが変わったわけではない。川原の球質が重くなったのでもない。重みだ。三年間の川原の想いが重みとなってボールに乗っていたのだ。  初めて桐葉は水月刀を放ちながらバットに左手も添えた。甲賀とて、負けるわけにはいかぬ。  打球は桐葉の思い描くスタンドへ向かうライナーとはならず、完全に詰まった。セカンド、ショート、センターの真ん中へ打球が向かう。川野辺が一歩早く反応していたが、桐葉の打球を警戒して深めの守備位置をとっていた。頭から突っ込んで捕りにいったものの、打球はポトリとグラウンドに落ちた。  桐葉のセンター前ヒットで、ノーアウト一、二塁。甲賀高校は久しぶりに得点圏までランナーを進めた。  結果は桐葉の勝ちだが、完全に詰まらされた分、勝負は川原が勝ったと言えるかもしれない。一塁上で桐葉は敗者の表情を浮かべていた。  川野辺が悔しそうに内野にボールを返した。二塁手が川原にボールを戻そうとした時、皆の視線がマウンドに集中した。  川原が肩をおさえてうずくまっていたのだ。
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