15.薄幸の伊賀者 魂の滋賀学院

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 ───相撲の稽古後のことだった。  稽古が終わり、暗い稽古場で本を読んでいた時のことだ。家に戻ったはずの親父が引き返してきて、寝っ転がって本を読む道河原を怒鳴りつけたのだ。 「道河原家に生まれし者、主君を守る者。道河原家には圧倒的な体躯と、それに伴う力が備わっている。そして、その強靭な肉体とともに重要なのが目ぞ。遠くを見る視力を失っては元も子もない。相手が矢を放つ瞬間を見る視力、それに飛び迫る矢を見定める『涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)』。これ無くして守神、道河原家なしぞ!」  道河原はあまりにけたたましく怒るので、本を閉じ、ぺこりと頭を垂れた。心の中では、この時代のどこから矢が飛んでくると言うんだ……とアホらしく思っていたが。  あの時、親父が言った『涅槃寂静』という言葉が気になって、俺は和室の本棚から道河原家忍法帖を読んだ。 『涅槃寂静』最も短い時をも見極める道河原家極意のひとつなり。視神経の緊張を無とす。細く瞳孔を閉ず。動けるものの始点を凝視す。動けるものに合わせ瞳孔を開くなり。放たれる矢も火縄の銃も止まりて見えよう。  あの時はあの忍法帖を読んでも、なんのこっちゃ分からんかった。そして、今もよく分からん。  が、やるしかない。  『涅槃寂静』
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