15.薄幸の伊賀者 魂の滋賀学院

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 ベンチもスタンドも身を乗り出して道河原の打球を追った。  タイミングを前にとっていたことで、道河原の豪快な打球はレフトポールあたりからグッと左へ曲がる大ファウルとなった。ホッと胸を撫で下ろす滋賀学院ナインと、悔しがる甲賀ナイン。応援席も同様に、悲鳴と歓声がこだましていた。  滋賀学院の監督がベンチをゆっくりと出た。ブルペンの二年生ピッチャー田村をチラリと見る。この場面、田村では厳しいのは百も承知だが、才雲の限界も来た。この四番までは……と思ってはいたが、これ以上投げさせる訳にはいかない。病気の中でここまで本当によくやってくれた。  ピッチャー交代を告げようと主審の元へ向かった。 「監督っ」  膝をついていた才雲が監督を呼び止めた。川原の降板時と重なる光景が、グラウンドにあった。ひとつ違うのは、才雲の確固たる意思だった。  大きく首を振って交代を遮ろうとしている。監督はいつか言われた才雲からの言葉を思い出していた。 「監督。もし、僕が起用されることがあれば、その時は僕が壊れるまで使ってください」 「壊れるたって、壊れそうになるお前を見て、俺は壊れるまで使わんぞ。人生長いんだ。高校生で壊れて良いことなんてひとつもない」 「いえ、俺は滋賀学院の野球部以外で野球をやる確率は0%です。そこは川原たちとは違う。極論、僕が意識を失うまでは戦力になるはずです。ですから、そこまでは投げさせて欲しいんです」  まだ、奥の手がある。才雲からはそんな気迫が溢れていた。今日の試合で雰囲気がガラリと変わっているこの四番は、おそらく田村では抑えられない。監督は静かにベンチへ戻った。  才雲、お前を信じる。無理だけはしないで欲しいが、お前の力が必要だ。俺はお前らを甲子園へ連れていきたい。
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