15.薄幸の伊賀者 魂の滋賀学院

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 道河原の豪快なホームランの余韻は短かった。マウンドから担架で運ばれる才雲と、血で染まったマウンドに皆が釘付けになったからだ。  運ばれる才雲はピクリとも動かない。今まで野球を観てきたベテランの観客も、さすがにこんな光景を観たことはなかったろう。球場は静まりかえっていた。担架がベンチ前まで運ばれた際、ふと誰かが思い出したように拍手をした。それに気付いた隣の者、そのまた隣、と拍手は渦を巻き、甲賀ベンチも含めた球場全体が拍手で才雲の健闘を称え無事を祈った。  滋賀学院高校 背番号18 霧隠才雲 打者15人に対して、被安打1与四死球1自責点2。奪三振13。衝撃的なピッチングを皇子山球場に残し、グラウンドを去った。 「霧隠え! 治してプロ行けよー!」  ある観客がそう叫んだ。  だが、この日以降、霧隠才雲が野球をしている光景を見た者はいない。高校野球史にひっそりとこの伝説は語り継がれていく。  道河原はベンチに戻っても喜ぶことはしなかった。他のナインも同じだ。甲賀ナインの誰もが、滋賀学院の甲子園に対する執念を見た。この畏敬の念を、甲賀として最高の野球をやることで応えたい。喜ぶのはまだ早いと誰もが感じていた。
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