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さすがに不気味に思ったか、大野はスライダー、フォークと変化球を続けた。月掛はそれを突きの構えのまま見送る。
『大野、明らかにストレート狙いだ。確実に何かやってくる。挑発に乗るな』
キャッチャーがもう一度スライダーのサインを出し、そう警告した。
大野は首を振った。
こんなチビを打ち取れないストレートなら、プロで通用しないと思われる。指図するな。
キャッチャーは俯いた。……大野。
大野が真上から豪快に腕を振った。ど真ん中のストレート。月掛の目がボールの中心をとらえる。点と点。それを合わせなければ、繊月は成功しない。
『繊月!』
観客がざわりと声を上げた。バットを振らずに、先端で突きにいく打法など、誰も見たことがなかった。
コォォン
小さな、それでいて妙に甲高い音が球場に響いた。その瞬間、まだ投げ終えて右足が上がった状態の大野の足元を、燕がすり抜けるように白球が通り過ぎていった。瞬く間にセンターにボールが転がり、慌ててセンターがしゃがんでボールを拾い上げた。センターはそのまま二塁へ送球する。
あまりの打球の速さに、犬走の足でさえも二塁はギリギリのタイミングとなった。
セーーーフ!
三塁ランナーの蛇沼が本塁へ手を叩きながら返ってきた。
甲賀1-1遠江
先制点を取られた直後の攻撃にて、甲賀は二番月掛の繊月が決まり、同点とした。
だが、これで甲賀の攻撃は終わらなかった。
皇子山球場に、ぽつぽつと雨が落ち出した。スタンドに傘の花が開いていく。
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