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熊谷先輩はどうやら私の声を気に入ってくれたらしい。 それからというもの、部室に行くたびに彼は色々なことを教えてくれた。 楽器のことや歌のことはもちろん、学校の近くの美味しいパン屋さんや通学路の裏道、気難しい先生の攻略法なんてものまで知っていることはなんでも話してくれた。先輩と会う度に私は音楽というものを好きになったし、それと同時に先輩のことをもっと知りたいと思うようになった。 その感情はまるで底なし沼のようで、ひとつ新しいことを知ればそれ以上を求めてしまい、どんどん深みにはまっていく。彼が笑うたびに苦しくなるこの気持ちが何なのか、私は答えを見い出せずにいた。 「おー、理緒じゃん。」 昼休み、教室近くの中庭で美咲とご飯を食べていると、移動教室の帰りらしい熊谷先輩が声をかけてきた。 「先輩!なんでここに?」 「化学の実験帰り。一年の教室の前通るから理緒いるかなと思ったら、いたわ。」 楽しそうに笑う熊谷先輩にまた私の鼓動は早くなる。 「あ、卵焼き美味そう。もーらい。」 そういうと先輩は私のお弁当の卵焼きをぱくりと口に放り込んだ。 「腹減って死にそうだったんだよね。これで教室までもつわ。」 「とっておいたのにひどいです。」 「日頃のレッスン料!」 そんなことを言われたら何も言えないではないか。 「クマー、先行くぞー。」 友人に呼ばれ、じゃあ行くわと先輩が笑う。 「理緒ー!今日もちゃんと部室来いよー!」 彼はそれだけ言うと嵐のように去っていった。 「理緒最近よくクマ先輩と話してるよね。」 私たちのやり取りを眺めていた美咲が言った。 「うん。すごく優しくてね、いろんなこと教えてくれるんだ。」 美咲は私の様子を見ると、 「理緒、クマ先輩のこと好きなんだ。」 そう言ってニヤリと笑った。 私は最初美咲の言葉を上手く理解できなかった。 私が、熊谷先輩を、好き? しかし彼女の言葉でようやく自分の中のこの正体不明の感情が何であるのか、ついにその名前を見出したのである。
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