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「天野さんいる?」
先輩が教室に顔を出したのは翌日の昼休みのことだ。
クラスメイトに呼ばれ、私は気まずさを抱えながらのろのろと先輩のもとに向かった。
「理緒、ちょっといい?」
教室から移動し、中庭に出る。
「昨日なんで部室来なかったの?今日見かけたら元気なさそうだったし何かあった?」
心配げに私の顔を覗き込む姿に、私は感情を抑えることができなかった。
「なんで、言ってくれなかったんですか。」
「なにを?」
「遠くに行ってしまうなら、どうして話してくれなかったんですか…。」
堪えきれずにぽろぽろと私の目から涙が零れ落ちた。先輩はその言葉の意味を察したようだった。
「誰かから聞いたの?俺がアメリカに行くって話。」
「先輩たちが教室で話しているの、偶然聞いちゃったんです。」
少しの沈黙ののち、私は吐き出すように言った。
「私は、私には、そんなに話しにくかったんですか?」
先輩はしばらく黙っていた。それが答えなんだろうと思った。
「私は、先輩と話している時、すごく楽しかったんです。どんな話でも先輩になら素直に話が出来て、それは先輩も同じなんじゃないかって、私勝手にそんなこと思っていて。とんだ勘違いでしたね。」
私の言葉に先輩は咄嗟に違うと叫んだ。
先輩は私の手を掴むとそのまま歩き出した。
「先輩、もう午後の授業始まっちゃう。」
そう言っても先輩は何も言わずに私の手を引いて歩いた。いつもと違う様子に私は不安を覚えた。
たどり着いた先はいつもの部室だった。
「先輩?」
ようやく先輩は口を開いた。その表情はとても苦しそうだった。
「そんな風に思わせていたなんて知らなかった。ごめん。でも違うんだ。」
先輩はドラムセットの椅子に腰かけ近くに置いていたスティックを手に取る。
「理緒、ここで初めて君と歌った曲、覚えてる?」
忘れるはずがなかった。先輩との思い出の曲。
「歌ってくれないか?」
その真剣な眼差しに、断ることなどできなかった。
私はマイクをつなぎ、歌い始める。
私の歌に絡むように先輩のドラムの音が鳴り響く。
それは今まで感じたことのないような快感だった。
音と音が境目をなくし、混ざり合い、深く深く溶けていくようなそんな不思議な感覚。
私はそんな心地よい波に身をゆだね、思いのままに歌を歌った。
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