朝マヅメの語らい

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1  午後十時を回っても、業務終了の目処すら立たなさそうな日だった。橋爪学はフロア半分以上電気の消えた薄暗いオフィスで、乾ききった唇をなめた。眼鏡に付着した脂をちり紙でこすり落とし、ついでに額を拭ってからデスクの上に放る。  総務部システム課長に就任して二年。仕事は年々増えていくというのに、九月頭に部下一名を外に出したきり、増員はない。現状仕事はどうにか回せているし、優秀な人材を引き抜いているのだから、コンマ五人の人手不足くらいは要領でカバーしろ、というのがエリート揃いのこの会社の方針らしかった。  しかし、その優秀な人材というのが自分自身ではないことを、橋爪はよく分かっている。要は、一コンマ五ないし、二コンマ五人分の仕事をこなしてしまう、出来すぎた部下が問題なのだ。  橋爪は、向かいの席で黙々とキーボードを叩く部下の男に目をやった。細身のスーツがよく似合う、爽やかというものを絵に描いたようないでたちの青年だ。 坂巻慎吾、二年前に情報システム専門の子会社から転籍してきたエンジニアだ。 「おい坂巻」橋爪が二時間ぶりに声をかけると、坂巻がPCモニターの横から顔をのぞかせた。 「はい?」すっきりとした奥二重の目が見開かれる。
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