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「大事なことほど耳を貸そうとしないくせに、いちいち人の気持ちを窺おうとするのが気に入らん。俺に対しての『すみません』と『わかりました』も社交辞令の一種だ。
折り合いがつかなそうだと判断すりゃ、俺の許可をすっ飛ばして強引な仕事をするからな。あいつとは話し合いにならん。勝手にやってろ、以外に言いようがないわ。俺の言葉にゃ、そもそも何の力もねえしな」
神長はローディング中といったようすで海面に視線を落とし、ただ頷いた。
特別な答えを求めているわけではなかった。それでも理解してくれるであろう相手に、率直な気持ちを口にすると、心は軽くなるらしい。
手首の先に微かな重みを感じて、橋爪はリールを巻いた。慎重に餌木を引き上げてみると、アオリイカの代わりに海藻がびっしりと絡まっていた。神長にロッドを持たせておき、丁寧にそれを外していく。
アオリイカは初夏にかけて、藻に卵を絡みつけるように産卵する。おそらく狙っているポイントに間違いはいないのだが、マヅメ時の一度目の引きがこれだと、今日の釣果が思いやられる。
橋爪はもう一度ロッドを振った。遠い波間に、鮮やかな餌木が音もなく吸い込まれていく。
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