三十年来の息子

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「息子さんですか?」口が滑る。 「いいええ、違うのよ。私にこどもはいなくてね」 はぁ、と返事をしかけて、え、と顔をあげる。すると老女は「あらやだ」といたずらっぽく眉尻を下げる。「私ったらつい」 「どうしてですか」思わず食らいついてしまう。 「詐欺だとわかっていらっしゃるのに、どうしてです」 「どうして……寂しいから、かしらねぇ」 まあまあ一度落ち着いて、というような仕草をされ、腰が浮きかけていたことに気付く。脱力するようにイスに腰をおろすと、老女はふわりとやわらかく笑った。 「だって、私の息子だというお方が、お金を受け取りに来てくださるんですってよ? 息子なんてもういないのに」 そうしたら、ねぇ。 あいたくなってしまうじゃない。 目尻のしわが切なくゆれる。 「喫茶店に誘ってくださったの。そこで会おうって」 「……たぶん、来ないと思いますよ。息子さんの同僚とか、上司の方とか、そういった方がお見えになるかと」 「いいのよ、それで。息子のようすを知りたいだけだもの」 「……」
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