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教室の前に着くと、わたしはすぐにいつもと違う空気を感じて立ち止まった。
・・・・?
いつもは開けっ放しになっている教室の扉が、閉まっていた。
・・・誰か、いるのだろうか。
こんな時間に、一体誰だろう。
思いながら、わたしは音を立てないようにそっと、教室の扉を開けた。
一目でわたしは、その中にいたのが、クラスメイトの蒼井 愁であると分かった。
同じクラスだけど、必要以上に会話を交わした事はなかった。彼はどちらかというと口数が少ない方で、けして積極的に周囲とコミュニケーションを取るタイプでは無かったからだ。
しかしながら、彼に対して、取っつきにくいとか、近寄りがたいとか、そのようなネガティブなイメージを抱いているものは恐らく、教師も含め誰一人いなかったであろう。それは、彼のもつ柔らかな雰囲気がそうさせていた。
すらっと背が高く、線の細い身体。さらさらとした、触れたら指の間をするりとすり抜けそうな、こげ茶色の髪。少しだけ羨ましくさえ思う、きめの細かな色の白い肌。
そしてたまに見せる、目が三日月型になる優しい笑顔。
「・・・蒼」
声を出しかけてわたしははっと口をつぐんだ。
目の前に見える光景に、今はその時ではないと瞬時に悟ったからだ。
彼は、泣いていた。
夕暮れに染まった教室の中、窓際の席に座り、その先に広がる校庭に向けられた視線は行く先を持たず、宙を泳いでいた。
そしてその色の白い肌は夕焼けのオレンジに染まり、その瞳から流れる涙もまた、宝石のようにキラキラと光りオレンジ色に染まっていた。
わたしの心臓はギューっと、何かに押しつぶされそうな軋んだ音を立てた。
悲しい。悲しい。助けたい。話したい。聴きたい。
彼のその横顔を見た時、わたしの中に、自分でも予期しなかった様々な感情が溢れた。
どうしたんだろう、わたし。
自分の中に突如として溢れてきた感情に動揺しながら、しかしわたしの目は、彼の姿からそらす事は出来なかった。
そう、静かに誰もいない教室で涙を流している、彼の姿から。
思えばこの時から、わたしは彼を好きになっていたのかもしれない。
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