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「――櫻の樹の下には」
意識もしないまま、口からそんな言葉がこぼれてしまう。
「……え、何それ」
「知らないの?」
そう聞けば、彼女は無言で首を縦に振る。
「……有名な小説家がそういうことを言ってるんだよ」
「へぇ……それで、桜の木の下には……何?」
そう問われて、すぐに屍体が――と答えそうになって、ふと口ごもる。
それから、ちょっとした悪戯心を発揮して、僕は彼女に問う。
「……何が、あると思う?」
「え?……えっと、うーん」
問い返されたことに一瞬驚いた彼女は、何やら真剣に考えだす。
それから、ふと。
「んー、わかんない。……けど、きっと、綺麗なものじゃないかな」
「……なんで、そう思う?」
そう聞くと、彼女は無邪気な笑顔を浮かべて。
「……だって、こんなにもきれいなんだもん」
それは、僕の考えとも、その文豪の言葉とも違っていて。
正解を告げようとして――しかし、なぜか彼女に言われてしまうと、なぜか、文豪の言葉よりも彼女の言葉の方が、不思議と正しいような感じがして。
「……そっか」
だからただそう答えれば、彼女は不満そうな表情になって。
「え、なに、教えてよー!」
と、そんなことを言った。
夜のキャンパス、ただ月明かりにだけ照らされた桜の下には、はっきりとした影などなくて。
だからそう、きっと、夜の櫻に陰はない、のだ。
むくれる彼女を眺めながら、僕はふと、彼女の下には何があるのだろう、と、そんなことを考えていた。
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