鬼のかく乱

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「結局、労基に通報したのは誰なんだい? みっちゃんは知っているんだろう?」 歩きながら三井が訊いた。 「そんなの私にも分かりません」 実際、誰が通報したのかは知らなかった。ただ、イキイキ・タイムで残業の話をした時、監査役と一緒に労働基準監督署も示唆したから、希美が通報する可能性もあると考えてはいた。しかし、彼女が通報するとしたら、サービス残業の問題ではなく派遣切りの問題のはずなのだ。 「みっちゃんにも知らないことがあるんだな」 席に戻った三井は、少し嬉しそうな様子で引き出しから役員室の鍵を取り出した。 鍵を借りた美智は、経理の仕事を希美に頼んで役員室に向かった。以前、山一が使っていた部屋だ。数カ月も使われていない部屋は空気が淀んでいた。 役員用の椅子に身を沈めると胸がドキドキする。 「まるでスパイだわ」 息をひそめてパソコンを立ち上げ、自分のIDを打ち込んでクラウドに接続する。 先週の土曜日から4日分の音声ファイルの数は膨大で、並んだファイルを見ただけで頭がくらくらした。役員や管理職以外の社員のファイルは聞かずに削除しようかと考えたが、木村のようなことがあるかもしれないと思い直した。
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