片思い

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席に戻った美智がパソコンに向かって仕事をしていると「さっちゃん、元気かぁ」と間延びした木村義弘の声がする。経理課に流れる声は、季節の色を帯びて一層、能天気なものに聞こえた。 木村は40歳を過ぎた独身の現場監督で梁川の部下だ。真っ黒に日焼けしているのは現場にいることが多いからだ。仕事熱心というより、事務所の椅子に座っているのが苦手なのだ。そんな男が20歳も歳の離れた岡本皐月を気に入ったのか、毎日のように土産を持ってやって来る。 「施主様からお菓子をもらった。甘いもの好きだろう。食ってくれ」 「わぁ、嬉しい。木村さん。いつも、ありがとうございます。後で、いただきますね」 皐月は木村が差し出した袋の中身を覗いてからニコリと笑みを作り、「熱中症に気を付けてくださいね」と決まり文句を言った。 「もう涼しくなってきたから、心配いらないぞ。さっちゃんこそ、怖いおばさんに気を付けろよ」 斜向かいに座る美智をダシにするセクハラ発言はいつものこと。以前は美智の耳に届かないように言っていたものが日に日に声は大きくなっていて、最近では誰はばかることも無く言いたい放題だ。
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