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その晩、事故対応を行う総務課の社員は遅くまで残ったが、他の事務部門は早々に退社した。気持ちがざわついて仕事が手につかないからだ。
経理課の社員も同じだったが、美智だけは万が一の場合に現金を用意するという理由をつけて残った。音声ファイルを確認して事件や事故の真相を探るという手段があるのに、ムズムズする好奇心を抑え込むことはできなかった。好奇心で音声ファイルを聞くのは恥ずかしいことだが、いずれ一度は聞かなければならない音声なのだ。それなら、早く聞いた方がいいと自分に言い訳して好奇心に従う自分を許した。
総務課の社員が忙しく働くのを横目に、美智はイヤフォンを耳につける。
木村のモバイル端末がクラウドに送ったファイルには救急車のサイレンや『どこから落ちたのですか?……ど、どんな具合ですか』と狼狽える木村の声があった。木村が工事現場に到着した時には、職人は既に転落していたようだ。
『ショック状態です。心拍も弱い』救急隊員の声がする。今は打撲だけだと分かっているから落ち着いて聞くことができるが、その場の木村の気持ちを思うと胸が痛んだ。
病院では、木村が被害者の家族に謝る声が繰り返される。泣いているのではないかと思った。
しばらくすると三井の声がし、木村は後を託して病院を離れた。事故はあっても工事現場は動いている。木村は次々と業者に電話を入れて工事を止めるように指示。それから注文主を訪ねて、事故が起きたことを説明して何度も謝っていた。
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