トラブル

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「えっ!」美智の声が漏れる。『労災申請は回避しろよ』という福島の声に驚いたからだ。労災事故を届けない“労災隠し”は犯罪だというのに。 短いながらも完全な静寂があったために録音が終わっていた。美智は次のファイルを急いで再生する。 『……無茶を言わないでください。実際に落ちているんです。切り傷とわけが違う』 木村の真っ当な発言があって美智はホッとする。 『そこをお前の熱意で止めてもらうんだ』 福島はしつこかった。普段の大きな声ではなく、押し殺したような声なのが不気味だ。 『しかし……』 木村の戸惑う様を、美智は想像できた。 『もとをただせば、木村が無理な工程を組んだから悪い。労基に対する管理責任だけならお前が取れば済むが、場合によっては指名業者から外されて公共事業を受けられなくなるのだぞ。我が社の売上の30%は公共事業だ。それがなくなったら、お前に責任が取れるのか!』 それは恫喝だった。ひどい!……と美智は震えたが、福島の心配事も分からないではなかった。 『You‘re fired』 沈黙する木村に向かって福島の英語が投げつけられる。福島は冗談のつもりかもしれないが、美智にはそう受け取れない。木村も同じだろうと思った。 『お前も管理職だろう。頑張って乗り切ってみせろ』と静かに言う福島の声。 ドアの閉まる音に続いて『こんな時だけ管理職かぁ……』と嘆く木村の声があって、木村の音声ファイルは終わった。
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