You‘re fired

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人事課長の工藤が廊下を走って通り過ぎる。美智が挨拶しても耳には入らないようだった。その後に全身を緊張させる由紀子と出会った。 「何かあったの?」 「自殺よ」 美智の耳元で由紀子がささやいた。 「エッ、誰?」 「建築1課の木村さん。今朝、駐車場で見つかったの。大量の睡眠薬を飲んでいたらしいわ」 「まさか……」 美智はめまいを覚えた。皐月の顔を見に来る時のおどけた木村の顔から自殺を想像することなどできなかった。 『You‘re fired』と言った福島の声を思い出す。美智にとっては小さな絶望にすぎないあの言葉が、木村を絶体絶命の窮地に追い込んだのだと思うと涙がこぼれそうになった。 「会長が見つけて救急車を呼んだそうなの。発見が早かったから命に別状はないって。でも、自殺のことは内緒よ。社長から箝口令(かんこうれい)が出ているの。……美智さん。大丈夫?」 顔色の悪い美智の肩に由紀子が手を添えた。 「……大丈夫よ。……そう。会長が……」 美智は、滅多に出社しない会長が自殺を図った木村を発見したのは偶然だろうか、と考えながら経理課の自分の席まで歩いた。まるで雲の上を歩いているような感覚だった。
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