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人手が増えて店内が綺麗になったと店長は言ってくれたけれど、掃除の度にホコリとゴミが出てくるのは虚しくなるものがある。
お客様の目に触れるカウンターや計測スペースは普段から拭き掃除をしているものの、店長の作業スペースは覗く度に物で溢れている。
出したら出しっ放しなんだよと頭をかいていたが、やっとあの人がこの世界の生物であることを確認できたようで嬉しかった。...と、そういうことではなく。
整理整頓のために持ち込んだプラスチック製の引き出しに、道具を分類していく。
ホコリっぽい作業台を濡れ布巾で拭いてから乾拭きしてしまえば、完了である。
カラン
「いらっしゃいませ」
ナイスなタイミングで鳴ったベルに、思わず「待ってました!」と言ってしまうところだった。
「おや、きみは?」
スーツを着こなしたおじさまに見つめられて初めて、布巾を持ったまま出てきてしまったことに気付く。
「申し訳ございません。店長は今出ておりまして、ヒアリングと計測まで私が担当させていただくことになっております」
枕をオーダーメイドするなんて贅沢をする人はなかなかいないから、自然と言葉遣いも背伸びしたものになる。
この人みたくあからさまに「上流階級」の人がやって来ると、胸元がゾワゾワする感覚に陥る。
「接客のために人を雇ったと聞いていたが...きみのことだったんだね」
「はい。下川と申します」
店長と顔見知りの、常連さんだと判断する。
よろしくお願いしますと頭を下げると、こちらこそと帽子を取ってくださった。白い頭が、その経験を物語っている。
「少々お待ちください」
カウンター下でお客様のファイルを探す。
そこにはきっと、以前のデータが残されているはずだ。
しかし、しまった。名前を聞き忘れた。
「いいですよ、また出直しますから」
「そういうわけにはいきません。お名前を」
教えていただけませんか。
尋ねる前に、おじさまは首を横に振った。
「私が求めているのはそれではありませんから」
...と、おっしゃいましても。
「ここには枕以外の商品はございませんが」
「存じております」
何を言いたいのか図りかねていると、今度は訊かれた。
「あなたはご存じありませんか」
「...何を?」
思わず素で反応してしまったので、慌てて頭を下げる。
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