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人の出入りが激しいとはお世辞にも言えない店でのお留守番で大事なことは、とにかく暇にならないことである。 店先の花壇に水を与えて、店長が帰ってきたときに紅茶をいれられるように準備しておく。 それでも狭い店の中でできることなんて大してなくて、結局は暇になってしまうのだけど。 見た目が暇そうだとはいえ、私の脳内は結構忙しい。 覚え立ての仕事、お客様の好み、店長の言いつけ。まだまだ覚えなきゃいけないことはたくさんあるから。 たまにその日の夕飯のことを考えたりするときもあるけど、そこは内緒だ。 「載ってないよなあ...」 今日は気になるワードを残されたから、興味はもっぱらそこにある。 「あなたはご存じありませんか」 「...何を?」 「この店の裏メニューだよ」 「...裏メニュー?」 私だって、メニューに載っていないからこその裏メニューであることくらいわかっている。 でも肝心の店長がいない今、頼りにできるのは丁寧にラミネートされた1枚の表のみなわけである。たとえヒントのヒの字さえ隠されていなくても。 「どうしたんです、にらめっこですか」 ふっと顔を上げると、至近距離で美しい顔があった。 「ひゃあっ」 ガタン 大きな音を立てて椅子から転げ落ちそうになったところで、右手首を掴まれた。 「...すみません」 ぐっと力を入れて引っ張られると、男性の腕だと実感する。中性的な顔や雰囲気には、似合っていなかった。 「気をつけてください」 「はい」 立ち上がって、椅子を元に戻す。少し左脚が痛んだ。 「今日はこのブレンドなんですね」 「まあ...」 いれますから座っててくださいなんて、店長に何やらせてるんだ、私。 とは思いつつも、嬉しそうに紅茶をいれる店長の背中は、わりと好きだったりする。 「そういえば店長、常連の方だと思われるお客様がいらっしゃったのですが」 「ほう」 カウンターに並ぶティーカップのセットは、品のよいアンティークものだ。枕を作りにこられたお客様が売って欲しいと言っていたこともあるから、非常に高価なものなのだろう。 ...私にはわからないけど。 「名乗らずに『店長によろしく』とおっしゃって、帰られたのですが」 ほのかに香るレモンが鼻腔をくすぐる。お土産のシフォンケーキとも良く合いそうだ。
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