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「そうでしたか...」 どなたでしょうね。 差し出されたフォークを入れると、ふんわりした感触が伝わってくる。 「スーツを着こなした、紳士な方でしたよ。60代か70代くらいの...白髪頭で...」 「ああ...」 合点がいったようで、納得した表情で紅茶を味わっている。なんだか面白くない。 「そういえばその方、何も頼まずに帰っちゃったんですよ」 私が欲しいのは裏メニューだって言って。 「そうですか」 「うちって、枕以外の取り扱いはないですよね」 「もちろんです」 店名を裏切ることになる。 「じゃあ、裏メニューって...何です?」 声にしてみて、息がしやすくなった。喉につかえていた小骨が取れたような、そんな感じだ。 「下川(しもかわ)さんは」 「?」 カチャリと音を立ててティーカップを置いた。 真剣にこちらを見るので、自然と背筋が伸びる。 「見たくて見たくてたまらない、そんな夢はありますか?」 「夢、ですか」 会話の話からすると、学生が文集で記入する「将来の夢」と同じ類いではなさそうだ。 眠っているときに見るといわれる夢。 動物に食べられるという夢。何の動物だったっけ。 「ごめんなさい。よくわかりません」 「いいんですよ。それは下川さんの日常が充実している証ですから」 そう言われると、責められているような気分になる。 「あの方は数年前に奥様を亡くされて、ひとり暮らしをされているんです」 「夢で会えたら、と?」 まるでお話の世界だ。古典でもそんな世界観があったような気がする。 でも、正面に座っている人は至極まじめな顔で頷いた。 「信じられませんよね」 すっと視線を下ろして、紅茶をもう一口。長いまつげが、目元に影をつくる。 上品にティーカップを持つ腕に、あんな力があるとは思わなかった。 「それは...望んだ夢を見られる枕、ということですか」 「そういうことになりますね」 視線を泳がしたのを、気づかれたのだろうか。黙りきってしまった。 「う...上手く整理できませんが、その商品を求めておられる方がいるということは、素晴らしいものだということですよ」 「ほんとうにそう思いますか」
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