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待ち人来たりて花は咲く
片田舎の小さな街、その中心に大昔から一本の桜があった。
一目見たら誰もが魅了されるその桜は、いつしか『千万桜』と呼ばれ、親しまれる様になった。
千万桜はどういうわけか、必ず咲く時は一日にして満開の花を咲かせる。
今年も多くの人が、今か今かとその時を待っていた。
欠けた月が登る、暗く静かな夜。
今はまだ蕾だけの千万桜が、ざわめく風に枝を揺らして音を立てる。
その音に紛れて聞こえてきたのは、人の足音。
「知る人ぞ知る桜の穴場スポット…人とは違う密かな名所で、SNS映えも満開!だーって。」
ゆらゆらと、フラフラと。
スマホ片手に独り言を呟き千万桜に近付いていくのは、帽子を目深にかぶった若い男。
もう片方の手には、ポリタンクが握られていた。
中に入っている液体が、その足どりに合わせてちゃぷちゃぷと揺れている。
特有の匂いをさせているそれは、ただの水ではない。
帽子の奥では、ギラついた視線が揺れていた。一目見れば、明らかに様子がおかしいと分かるだろう。
だがここは人少ない田舎で、今はもう夜。
彼の存在に気付く人間は、誰もいなかった。
「こんな桜の木たかが一本より…。」
その男の足は、千万桜の前まで来て止まる。
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