0人が本棚に入れています
本棚に追加
「…真っ赤に燃える火柱の方が、ゼッタイ見映えいい。」
その一言は、とても低く暗かった。
男はポリタンクをその場に置くと、帽子を取って千万桜を見上げ、見つめる。
「…桜の花びらが散ってる画より、火の粉が飛んでる衝撃映像のがSNS映えっつーか…有名になるよなぁ?な?」
今度は先程と正反対の、明るく高らかな声。
しかし、その言葉は冷酷で且つ残酷だった。
男が千万桜に向けて同意を求める様に尋ねたのは、狂気に満ちた問いかけ。
相手は答えるわけもなく、ただただ夜風に揺れる。
まるで目の前の男に怯え、恐怖に震えているかの様に。
そんな自然の動きを肯定と勝手に捉えて、男はとびきりの笑顔を醜く歪ませた。
自らが思い描いた千万桜の無惨な姿を現実にしようと、男がポリタンクのフタに手を伸ばす。
その時だった。
───轟!
凄まじい音と共に襲ってきたのは、春の嵐。
強風による急襲に、男は目を瞑り顔を手で庇った。足に力を入れて堪えるが、一歩二歩と風の力で後ろへ下げられてしまう。
結構な重量のあるポリタンクまでもが、その風に押されて倒れた。
それは一瞬の事だったが、ようやくという思いで男はそろそろと目を開ける。
そう、ほんの一瞬の事だったのだが──。
「…はぁ、恐い恐い。最近の子は物騒ね?」
最初のコメントを投稿しよう!