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 そう。青年の言っていることは、『砂漠の中で一本の針を探す』ことと同じくらい不可能に近い。だって私はそもそも霊感もなければ、そういった類(・・・・・・)のものを信じているわけでもないからだ。まぁそれは、たった今獣の耳と尻尾を見て半分(くつがえ)されたわけだが……。 「なんだ? おまえ、記憶が戻らなくてもいいのか?」  青年は怪訝な表情でこちらをじっと見つめると、一言「そうか」と呟いて、元来た階段の方へくるりと(きびす)を返した。 「ならいいんだ。無茶を言って悪かったな。今日のことは忘れろ」  青年が帰ろうとしている。今日のことは忘れろ? もし今の話が本当なら、これを逃したらもう二度と記憶が戻ってこないかもしれない。それで、いいのか? 本当に? 「ま、待ってっ!」  階段を上り始めた後ろ姿に、思わず叫んでしまった。振り返る青年のしたり顔に、早まってしまったかと後悔するがもう遅い。 「……おまえ、名は?」 「や、八重子……」  気づけば空はすっかり茜色に染まり、燃えるような夕陽が神社の階段も道路も青年の白い髪も何もかもを照らしていた。青年の瞳が青から朱に変わり、その幻想的な雰囲気に思わずくらりとする。  青年は再びゆっくり近づいてくると、満面の笑みで私にこう告げた。 「契約成立だ。よろしくな──八重子」  こうして、私と白狐の二紫名の、『探し物』が始まったのだった。やっぱり早く地元に帰りたいよ、お父さん。
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