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今日も夜が来た。
電気を消して布団に入っても、しばらくは寝つけない。
気がたかぶっているのか、変なことばかり思いだしてしまう。
たとえば、蔵のなかで見つけた絵巻物とか。
山より大きな蜘蛛が、村人をおそって食っていた。色あせた絵巻物のなかで、血の赤だけが、やけにあざやかだった。
実家の裏山にあった神社に伝わる故事だ。
その昔、付近を大蜘蛛がおそい、村人を悩ませていた。村人たちは娘を一人イケニエにして、大蜘蛛を鎮めた。
そんな話。
そういえば、あの絵巻物を見た日もうなされたっけなと思う。
子どものころから、なんだかよくわからない巨大なものに追いかけられる夢を見た。
黒くて、毛むくじゃらで、足がいっぱいあって、とてつもなく、おぞましいものに……。
きっと、あんな絵巻物なんて見たせいだろう。子どもが見るには、かなりショッキングな絵だったから。
原因がわかれば、なんてことない。ちょっとした幼い日のトラウマだ。
そんなことを考えているうちに、いつのまにか眠っていたらしい。
また、実家の暗闇のなかだ。
ピシリ、ピシリと中二階から音がする。
誰かがいる。
この家のなかに、自分以外の誰かが。
父だろうか?
父は死んだ。
母か?
母も死んだ。
祖父も、祖母も死んだ。
そこまで考えて、私はふと思う。
母が死んだのは、いつだっけ?
あまり、おぼえがない。
父が死んだよりは、あとだったような気がするが。
なんだか、母の死については記憶が希薄だ。
「ねえ、おばあちゃん。お母さんはどこ行ったの?」
「お母さんはね。死んだんだよ」
「えっ? なんで? いつのまに?」
「なんでも。大人になったらわかるよ」
そんなふうに言われたような?
ほんとに母は死んだのだろうか?
じつはまだ生きていて、こっそり中二階に隠れているんじゃないだろうか?
とうとつに、そう思った。
私は二階にむかって、そっと声をかけた。
「もしかして……お母さんなの?」
すると、キシキシときしむ音が、ピタリとやんだ。
異様な静けさが、両肩にのしかかってくる。
なぜか、マズイと思った。
祖母は言っていたのに。
見てはいけない。聞いてもいけない。気づいてないふりをするんだと……。
ふたたび、キシキシと音がした。
ゾッとしたのは、その音が階段のほうから聞こえたことだ。足音のぬしが、中二階からおりてこようとしている。
ピシッ。キシキシ……。
「やめてくれ! 来ないで、お母さん!」
そう叫んで、私はとびおきた。
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