眠りのなかで

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 *  今日も夜が来た。  電気を消して布団に入っても、しばらくは寝つけない。  気がたかぶっているのか、変なことばかり思いだしてしまう。  たとえば、蔵のなかで見つけた絵巻物とか。  山より大きな蜘蛛が、村人をおそって食っていた。色あせた絵巻物のなかで、血の赤だけが、やけにあざやかだった。  実家の裏山にあった神社に伝わる故事だ。  その昔、付近を大蜘蛛がおそい、村人を悩ませていた。村人たちは娘を一人イケニエにして、大蜘蛛を鎮めた。  そんな話。  そういえば、あの絵巻物を見た日もっけなと思う。  子どものころから、なんだかよくわからない巨大なものに追いかけられる夢を見た。  黒くて、毛むくじゃらで、足がいっぱいあって、とてつもなく、おぞましいものに……。  きっと、あんな絵巻物なんて見たせいだろう。子どもが見るには、かなりショッキングな絵だったから。  原因がわかれば、なんてことない。ちょっとした幼い日のトラウマだ。  そんなことを考えているうちに、いつのまにか眠っていたらしい。  また、実家の暗闇のなかだ。  ピシリ、ピシリと中二階から音がする。  誰かがいる。  この家のなかに、自分以外の誰かが。  父だろうか?  父は死んだ。  母か?  母も死んだ。  祖父も、祖母も死んだ。  そこまで考えて、私はふと思う。  母が死んだのは、いつだっけ?  あまり、おぼえがない。  父が死んだよりは、あとだったような気がするが。  なんだか、母の死については記憶が希薄だ。 「ねえ、おばあちゃん。お母さんはどこ行ったの?」 「お母さんはね。死んだんだよ」 「えっ? なんで? いつのまに?」 「なんでも。大人になったらわかるよ」  そんなふうに言われたような?  ほんとに母は死んだのだろうか?  じつはまだ生きていて、こっそり中二階に隠れているんじゃないだろうか?  とうとつに、そう思った。  私は二階にむかって、そっと声をかけた。 「もしかして……お母さんなの?」  すると、キシキシときしむ音が、ピタリとやんだ。  異様な静けさが、両肩にのしかかってくる。  なぜか、マズイと思った。  祖母は言っていたのに。  見てはいけない。聞いてもいけない。気づいてないふりをするんだと……。  ふたたび、キシキシと音がした。  ゾッとしたのは、その音が階段のほうから聞こえたことだ。足音のぬしが、中二階からおりてこようとしている。  ピシッ。キシキシ……。 「やめてくれ! 来ないで、お母さん!」  そう叫んで、私はとびおきた。
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