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武田はその後も何度か腰を浮かせたり、落としたりしていたが、やはり息子のことが気になるのか、最後には小学校へと向かった。
武田は自分の持ち場を離れるまでに、何度も何度も私にお礼の言葉を口にしていた。
「いいから早く行け」とけしかけて、武田が去って誰もいなくなった桜の下で私はひとり待ち合わせと花見の場所取りというふたつの代行を掛け持ちすることになった。
持ち場がある以上ふらふらと聞き込みをすることもできない。ほかにできることと言えば、武田の単眼鏡で道行く人をぼんやりと観察するぐらいのものだ。
「あれえ、あんたどっかで見たことあるな」
最初は私に向けられている言葉かと思いハッとしたが、側を通った通行人が男に呼び止められ発した言葉だった。
「僕、むかし少しだけプロ野球選手をやっておりまして・・・」
通行人は合点がいったのか「おお」と声をあげると、男に向かって「代打の切り札」と起用法を口にした。
その言葉に今度は私が男の方を振り返った。肉眼で見ても現実感がなく、気がつけば単眼鏡で男の顔をよーく見ていた。
「実はいま、人を探しておりまして。50年前にここで待ち合わせをした女性なんですけど」
単眼鏡の中に映る男はほっそりとして多少老けているようにも見えたが、それは私の知っている代打の切り札だった。
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