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私が大野様の体に合わせて待ち針の位置を調節しておりますと、大野様が突然クスクスと笑い出しました。
私の顔がおかしいのでしょうか?
「ああ、ごめんなさいね、二人の寝顔が可愛いと思って」
おっしゃる視線の先には、先ほどのお二人がソファーの背もたれに身を預け、二人して頭を寄せ合って眠っておられました。
ちょうど西日が当たる窓辺です、季節柄気持ちがいい場所となっているようです。
私も笑顔になれました、まだ若いお二人の無防備な寝顔と言うのは安心するものです。
ふと、前金を頂く時のことを思い出しました。
うちでは基本的に布地にハサミを入れる段階で代金をいただきます。
恋人の就職祝いにスーツを買いたいとやってきたお二人は生地をお取り寄せしましたので、布地の確認とお支払いの為に後日女性だけご来店くださいました。
財布から出されたのは、干支の書かれた古ぼけたポチ袋でした。
先日いらした際にもそれをお出しになり、代金は布が来てからと言ったらしまわれたので、なんだかよく覚えております。
お年玉だと判ったので、私は思わず聞いておりました。
「大切なお年玉を恋人のためにお使いになるんですね」
四年前の干支です、ずっと貯めておられたのだろうと想像しました。
女性ははっとして私を見上げ、恥ずかしそうに頬を染めました。
聞いてはいけないことだったかと反省しました、確かに四年分では少々少ないような……いえ、うちも親戚は多くありませんでしたから、そんなにたくさんはもらいませんでしたが。
「これね……このお年玉は、私の代金なの」
なにやらとんでもないことを聞いてしまいました。
「お客様の代金、ですか……?」
彼女はにこりと嬉しそうに微笑みます。
「このお年玉は彼が受け取ったものなの。それで彼は私を買いたいなんて言ってね。その場もちろん私は怒ったわよ。でもよくよく考えたら、そんなきっかけでもないと告白もできない彼が急に可愛くなってしまって」
彼女の言葉に私は頷きました。
「きっと彼は清水の舞台から飛び降りる気分だったのでしょうね」
彼女は更に嬉しそうに笑みを深めます。
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