黒塗りの転校生 一

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 目が覚めて保健室を出たのは、二時間目が始まってすぐだった。教室へ向かう途中、何度も自分に言い聞かせていた。あれは得体の知れない何かではない。何らかしらの理由で絶望している転校生だ。特に危害を加えるようなものじゃない。  大丈夫、大丈夫と呟きながら教室の後ろの扉の前に立ち、深呼吸を一つ。大丈夫。また一度だけ言い聞かせ、扉を開けた。 「道木、もう大丈夫なのか?」 「大丈夫です。ありがとうございます」  教壇に立つ先生に軽く返事をして、そそくさと移動する。大丈夫……大丈夫だけど、なるべく見ないように。転校生が視界に入らないように、あらぬ方向を向きながら歩き、なんとか自分の席に戻った。自分よりも後ろの席なのだ。授業中であれば視界に入ることはない。  ……そうやって、一つ一つ自分が大丈夫である理由を探していた。  そうやって自分をごまかしていると授業も終わり。昼休みになると財布とスマートフォンだけを持って早足に教室を出た。入れ替わるようにクラスメイトがこぞって加納に近づくのが分かりきっていたからだ。  初動が早かったこともあり、案の定集まるクラスメイトの群れをするりと抜け出し教室を出ることができた。昼御飯を買いに購買へ行くのだ、決して転校生から逃げたのではない。と誰に聞かせるでもなく言い訳を考えながら歩いていると、前方によく知る人がいた。 「須藤先生」 「聞いたぞ道木。もう動いていいのか?」  科学の授業を担当している須藤先生だった。花屋繋がりでよくお世話になっているので、校内でも気軽に話せる間柄の教師である。 「ええ、大丈夫です。食欲はちょっと無いですけど」 「そうだろうと思ってな。ほれ」  苦笑いして返すと、須藤先生が手に持っていたビニール袋を俺に渡してくる。中身を見ると、いくつかのゼリー飲料が入っていた。 「良いんですか?」 「ああ。常備してるやつだからな。夏バテか何かわからんけど、何でも良いから口に入れておけ。水分補給を忘れずにな」  すれ違い際に俺の肩に手を置いて、須藤先生は去っていった……なんだこの先生格好いい。でもなんでゼリー飲料常備してるの?
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