黒塗りの転校生 一

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 無我夢中で走り続け、限界を迎えて足を止めた。心臓は周囲に響いているのではないかと思えるほどに強く激しく脈打ち、それに呼応するかのように呼吸が荒々しく乱れる。必死に落ち着かせようと足掻くが、酸素が足りないのか頭が回らず、身体中が焼けるように熱い。  それでも、少しでも学校から離れたかった。所々の電柱や壁に手を置いて身体を休ませながら、ふらふらと歩く。永遠に続くかと思われたが、気づけば商店街の中に入っていた。  もう少しで家に帰れる。それを希望にして歩みを続けると、見覚えのある人に声をかけられた。 「あら? 貴方、道木さんのところの……直哉君?」  須藤先生の奥さんの、洋子さんだった。新婚で若く、まるで近所のお姉さんのようなこの人は家の花屋の常連である。得意先の華道教室に通っており、そこから繋がって花屋にもやってくるようになったのだ。俺が店に入っている時に須藤先生と夫婦揃って来店した時には度肝を抜かれた覚えがある。 「どうしたのそんなに急いで。息も荒いし顔色も悪いし。体調でも悪いの?」  洋子さんが心配そうに訪ねてくる。その優しさはとてもありがたいが、今は自分のことで精一杯だった。  早く帰って、何も考えずに横になりたい。そう考えている俺にとって、洋子さんの優しさが今は煩わしかった。 「大丈夫です。ここまで来れば家も近いですから」 「大丈夫そうに見えないよ。せめて息が整うまではそこのベンチで休もう?」 「だから大丈夫だって……!?」  しつこく構ってくる洋子さんに苛立ち、放っておいてくれと強く拒否しようと声を荒げて洋子さんの方へ振り向くと、そこには洋子さんが俺に見せるように手鏡を向けていた。どういうことかわからずに手鏡を見ると、当然ながら顔が写る。そこに写る顔はあまりにも血色が悪く、青白い顔。気味悪さすら感じてしまって、それが自分の顔だと理解するのに時間がかかってしまった。 「その顔で大丈夫なわけないでしょう。いいから、休みなさい」
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