黒塗りの転校生 一

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「言いにくい事なら無理に言わなくていいからね。ごめんね?」 「そんな、洋子さんが謝ることじゃないです!」  口を開いては言い淀んで口を閉ざす。それを繰り返していると、洋子さんが遮って謝罪する。それを慌てて否定する。自分の問題だ、何を洋子さんに謝らせているんだ。 「ただ……ただ、何て言えばいいのか、よくわからなくて。俺もよく理解できてなくて」  俺には相手の感情が色で見える能力があるんだけど、顔すら見えなくくらいに真っ黒な転校生が来たと思ったら、琢磨を除いたクラスメイト全員が転校生の虜になりました。自分の大事な事を差し置いて彼女に尽くそうとしているような状況です。  こんな話を誰が信じる。俺自身、目の当たりにしてなかったら信じられなかっただろう。 「無理に話さなくてもいいよ。気になるけど、何かあったらうちの人を頼ってくれればいいから」  洋子さんはそう言ってベンチから立ち上がると、振り返って俺に笑顔を向けた。その笑顔はどこかいたずらめいていて、そしてとても魅力的だった。 「悩みたまえ、若人よ」  洋子さんは歩き出す。背中越しに手を振って去っていく洋子さんに対して俺は唖然として何も言えず、見送ることしかできなかった。 「……洋子さんも十分若いじゃないですか」  既に見えなくなってしまった洋子さんに向けて、ぽつりと呟いた。  顔色を悪くしたり、何も言えず言い淀んだりする俺の事を考えてくれたのだろう、去り際のおちゃらけた台詞を思い出して、彼女の思惑通りであろう苦笑いが浮かぶ。  残ったスポーツドリンクを今度はゆっくりと飲み、飲みきったところでベンチから立ち上がる。相変わらず身体は重いが、熱は下がり呼吸は整った。  明日、須藤先生からお礼を言ってもらおう。心の内でそう決めた。  コンビニエンスストアの前に置かれているゴミ箱に空になったスポーツドリンクの容器を捨て、少しだけ軽くなった足取りで家に向かって歩き出した。
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