浦島太郎の願い

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浦島太郎の願い

 長い眠りから覚めて一ヶ月。  定期的に訪れる病院での体調検査が少しばかり長引いたせいで、家に帰りついたのは日が暮れる直前になった。  誰もいない部屋に明かりを灯すが、輝きが虚しいだけだ。  リビングに飾った写真を眺める。  俺と妻と一人娘が揃って笑っていた。  俺にとって二人の笑顔は、ほんの一ヶ月前まで当たり前に傍らにあったものだ。  なのに実際は、妻も娘も、もう五年も前にこの世を去っているのだ。  …一ヶ月前、俺は病院のベッドで目を覚ました。  大慌てした看護師が医者を呼んできて、あれこれ検査をされた後、異常なしの判定と共に俺の身に起きたことを語ってくれた。  五年前、俺達一家は交通事故に遭った。  俺が運転していた乗用車に脇見運転のトラックがぶつかり、妻と娘は即死。俺は昏睡状態に陥り、五年もの間意識を失っていたという。  始めは冗談だと思った。けれど、病院が連絡を取り、駆けつけてくれた両親や妻のご両親の話で、これが、信じざるを得ない現実だと認識させられた。  意識を取り戻してから一月。双方の親が管理してくれていたおかげで、俺が、妻と娘と共に暮らしていたマンションはあの頃のままになっていた。  今はそこで、後遺症がないかどうかを検査しながら暮らしている。  でも本当は、体なんてどうなっていていも構わないんだ。  俺が目覚めたことを両親は喜んでくれたし、妻のご両親も、せめて君だけでも目覚めてくれてよかったと涙ぐんでくれた。  だけど俺自身は、この一ヶ月、心に穴が開いたままなんだ。  目を閉じれば、妻と娘の姿が瞼の裏に浮かぶ。目を開けていてもそこに妻と娘が見える。声が聞こえる。  五年前に失くしてしまったなんて、とても思えない。だけどふと気づけば、いつの間にか妻の姿も娘の声も消えていて、俺一人が誰もいない部屋の中に残されている。  家に戻ったら、そこには家族も何もないなんて。まるでお伽噺の浦島太郎だ。だけど夢物語では終わらない暮らしがもう一月も続いている。この先も続いていく。
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