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そのキーホルダーは、とあるマイナーなマンガのキャラクターのものだった。マイナーだから、もちろんグッズ展開なんかしていない。
キーホルダーは僕がホームセンターでそろえた材料で自作したものだ。
だが、ナオはそのキャラクターを知っていた。しかも、僕と同様にかなりディープなファン。
ナオはそのキーホルダーをどこで買ったか教えろと言ってきた。
ナオを嫌っていた僕は、教えないと冷たく突き放していたが、ナオは執拗に僕に絡んできた。
放課後、図書室にいると必ず隣にやってくるし、休み時間には教室まで押しかけてきた。
ナオが僕の彼女だと噂が立ち始めたのをきっかけに、いいかげん付きまとわれるのが鬱陶しくなった僕は、そのキーホルダーをナオにあげた。
あんなもの、また作れる。僕は手先が器用なのだ。それに自作のキーホルダーごときで、ナオの執拗な追跡から解放されるなら安いモノだと思った。
だが、ナオはそれ以降も僕に絡んできた。
どうやら誰も知らないマンガの話ができる相手がいるのが嬉しかったようだ。
僕もその気持ちはよくわかった。僕にも自分の趣味を素直に語れる相手はいなかった。
後に知ったのだが、ナオも僕と同じ『オタク』と呼ばれる人種だった。
僕が高校生のころはオタクという人種は、いまほど社会的に認めておらず、特殊な、気持ち悪い輩として扱われていて、差別やイジメの対象にもなっていた。だから、僕もナオも本当の自分を隠して『みんなと同じ』を装っていのだ。
キーホルダーをきっかけに、ナオにとって僕は自分のオタクの部分わ素直に見せられる唯一の存在だったわけだ。
それは、僕にしてみても同じだった。ナオの前では飾らない自分でいることができたし、正直なことを言ってしまえば、ナオとキーホルダーのやりとりをするようになってからは、楽しかった。
いま考えると、後輩の女子と同じ時間を共有できるなんて僕の高校時代あながち灰色ではなかったのかもしれない。
地元を離れる日、ナオは駅まで見送りに来てくれた。別れ際にナオは涙を流していた。
僕は一年後にその涙の意味を大学のキャンパスで知ることになるのだが、これはまた別の話しだ。
不意に書斎の扉がノックされた。
僕の返事と共にドアが開いた。
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