序章

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 こんな状況で家に籠る気分にはなれない。そういうわけで、凪は今、知らない電車に揺られているのである。ウォークマンのプレイリストが進むたびに、景色は知らない顔に変わっていった。  今は梅雨だが、幸い今日は晴れていた。気分転換に散歩するにはいい日である。  学校の最寄駅から四つほど離れた駅で降り、駅前の商店街をふらふらと歩いた。  雑貨屋や青果店など、色々な店を冷やかした。ただ一つ、人通りもない路地にあったこぢんまりとした本屋だけが凪の足を留めた。  店内にはたくさんの本が並んでいるのが見える。入口のところにある「営業中」の張り紙が、かろうじてここが店であるということを主張していた。 (こんな本屋はもう絶滅しているものだと思っていたけれど、まだ残ってるところもあるんだ)  本屋と言われれば、駅ビルの中に入っている大型書店くらいしか見たことがなかった。  個人経営の本屋というのは、凪の中ではもうフィクションの世界のものになっている。  店は古めかしい木造の建物で、小屋を改造して本屋にしたというような風であった。  いかにも店のようではあるが、店の名前を記した看板などが見当たらないのが気になった。  本は好きだが、学生身分でお金もない。大抵は近所の図書館で間に合わせている凪である。普段なら気にも留めないような店だ。しかし、今日は違った。     
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