第一章 三毛猫喫茶MISA

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第一章 三毛猫喫茶MISA

「中井。オスの三毛猫はほとんど産まれない。何故だか分かるか?」  高校二年生のある夏の日。生物の授業で、脱線がてらに生物教師の田村先生に聞かれた。 「はい。猫の毛色を黒や茶色にする遺伝子情報は、それぞれX性染色体上にあります。メスでは、性染色体はXXですので三毛猫が産まれる可能性がありますが、オスではXYですので、本来は産まれない形質なんです」  僕、中井 一眞(かずま)が答え始めると、周りの生徒は皆圧倒されたような、驚いた顔をしていた。 「でも、ごく稀にオスが産まれます。遺伝子異常で性染色体がXXYになったケースです。これは、『クラインフェルター症候群』と呼ばれています。その場合、一つのXに黒色遺伝子、もう一つのXに茶色遺伝子が乗っていると、白色遺伝子は常染色体に乗っているので毛色は三色になり、オスの三毛猫が産まれます。でも、その確率は非常に低く、三万分の一と言われています」 「ご名答。よく知っていたね!」  僕が答えると、田村先生は非常に感服した顔をし、生徒達も尊敬の眼差しで僕を見た。  でも、僕はちっとも嬉しくなんてなかった。だって、その『本来は産まれない形質』、それはまさに僕なんだから。  クラインフェルター症候群。  性染色体の異常のため、男性生殖器の発育が停止し男性ホルモンも正常に分泌されない。人間では、五百分の一の確率でその形質が産まれる。  僕がその遺伝子異常だと分かったのは、高一の時だ。中学生になり、皆が声変わりしていく。しかし、僕の声はずっと女の子みたいな高い声のままだった。  それに、周りの男子生徒がしているような下ネタ話には、全然ついていけない。  周りが皆、『雄』へと成長しているのに自分だけ取り残される不安……。それに耐えかねて高校に入ってすぐに内分泌科を受診すると、まさにその『クラインフェルター症候群』と診断されたのだ。  遺伝子異常のため、僕は女性と結婚しても子供ができる可能性は果てしなく低い。それは、それまで普通に生きて、普通に結婚し、普通に子供をつくって幸せに暮らせると思っていた僕には、この上ないショックだった。だから、それを紛らわすために、僕はひたすら勉強に打ち込んでいる。
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