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おばあちゃん家の裏には大きな桜の木が立っている。
4月になると、おばあちゃんの大好きなあんこのおはぎと、ぼくの好きなきなこのおはぎを持って、その木の下でお花見をするのが、毎年の恒例行事だった。
ぼくとおばあちゃん、2人だけのお花見だ。
小学校3年生の4月。いつものようにおはぎを持って、お花見に出かけた。
春らしいやわらかい風が心地よかった。
「おばあちゃん、桜の木の下には死体が埋まってるって、ほんと?」
学校で新しいクラスの女の子が、そんな話をしていたのが、ぼくは気になっていた。
女の子達はときどき、なんだか難しい話をしていて、ぼくは会話に加わることは無かったのだが、その言葉は凄く耳に残った。
いつも見ているこの桜にも、そんなものが埋まっているんだろうか。それだったら恐いなと思った。
おばあちゃんは、ぼくの話をうんうんと頷きながら、ひとしきり聞いてくれた。
おばあちゃんはどんなときも、ぼくの話を最後まで聞いてくれるから大好きだった。
「そりゃ、桜の木は日本にたくさんあるからねぇ。死体が埋まっとる木もあるかもしれんけどねぇ。この桜の木には、そんなもの埋まっとりゃせんよ」
そう言ってくれて、ぼくはとてもほっとした。
「この桜の下には、たくさんの人の色んな気持ちが埋まっとるよ」
「色んな気持ち?」
ぼくは首を傾げた。気持ちが埋まるってどういうことだろう、と思った。
「今、おばあちゃんと桜を見に来て楽しいかい?」
「楽しいよ」
おばあちゃんとのお出かけは、いつも楽しいんだ。歩くのがちょっとゆっくりだから、早く!ってなることもあるけど。
「おばあちゃんも楽しいよ。そんな私達の気持ちも、この桜の下はみんな見てきとる。私が生まれるより前からある木だからね、楽しい気持ちだけじゃない。色んな人の、悲しいとか、寂しいとかも、見守ってきてるんだよ」
そう言うと、おばあちゃんはしわくちゃの手で、ぼくの頭を撫でてくれた。
このときのぼくは、よく理解出来ていなかったけれど、とりあえず死体が無くてよかったと思いながら、きなこのおはぎを口に入れた。
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