第1話

4/10
前へ
/10ページ
次へ
 深めの茶碗に、軽めのご飯。急須に入れた葉が、湯で開いた頃。よそわれる。回し掛けられた煎茶は、少し足りないくらいの量。さすがに、虹は好みを心得ている。亜理沙は感謝して、箸でご飯を崩す。正式には、ご飯を水で洗うそうなのだが。やった事はない。 「いただきます」  両手を合わせて、亜理沙は一言。箸を取り上げて、右手に。左手で茶碗を持つ。茶の香りが鼻孔をくすぐる。明るい緑色と共に、腹を空かせる作用する。縁に口をつけ、傾ける。箸を使ってかき込む。苦味も旨い。  子どもには、分かるまい。亜理沙は蓮を見やる。ご飯の量は、もっと少ない。煎茶の色は薄く、スプーンの違いあれど。同じ茶漬けを食べて、ご機嫌だった。同じものを食べる虹と目が合い、笑った。 「ごちそうさまでした」 「そろそろ、行く準備をしようか」  使った食器を片付けた。台に載って手伝っていた蓮が、素早くドアに向かう。亜理沙も虹も洗面所へ。  着替えを済ませる。お気に入りの一揃いに。鞄を持ち、亜理沙は玄関に向かう。靴を履いた蓮が跳ねて急かす。ドアの前に立つ虹が息子を抱き上げた。飛び出して行くのを防ぐためだ。追いかけっこの時間はない。分かっているので、おとなしい。 「おはようございます。虹さま、亜理沙さま」 「おはよう。駅まで、よろしく」  門扉が開く。自動で。亜理沙は毎回、おお! と思う。先に、虹がくぐり抜ける。天宮家の専属の運転手が車の前で出迎える。彼女が開いてくれた後部座席のドア。真っ先に乗り込んだのは、蓮だ。亜理沙と虹は顔を見合わせて笑う。  前は、子ども用の席に座らせるのに、虹が手こずっていた。見ていた亜理沙が、一言。「子ども用の席に座らない子と一緒にお出かけしないよ」本気が蓮に伝わる。預けて二人きりで遊びに行く、と。効き目があり、ついて行きたい時には。真っ先に乗る。  駅に着く。運転手から受け取った大荷物を虹は背負う。やや、興奮気味の蓮をなだめる。  甘い香りに、亜理沙は足を止める。網目模様の白いパン。視線の高さにあるのが悪い。腹が鳴ったら、笑われる。自分に言い訳。訴えるように見る。虹は苦笑して、頷いた。喜んで、蓮と競い合って店内へ。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加