盛春、君とまた。

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何も考えずに、気ままに歩こう。 そう思っていたのに、人間の性質なのだろうか。 気が付いたら二年前までーー高校時代に毎日通っていた通学路にいた。 あの頃と何も変わらない風景。 違うのは、君がいないことだけ。 無意識に唇を噛んでいた。 だめだ。 あの日、俺が家までちゃんと送っていれば。 俺が、守ってやれれば。 今も君の笑顔を見ることができたのだろうか。 忙しさに埋もれていた悔しさが溢れてくる。 どうして思い出してしまったんだろう。 もう、帰ろう。 そう思った瞬間、優しい風が頬を撫で、桜の花びらが目の前で舞い踊った。 のろのろと顔を上げると、見覚えのある公園にいた。 「君と出会った場所だ……」 そうだ。 あの日もこんな静かな春の日だった。 この桜の木の下に君がいて。 君は、目を閉じて硬そうな幹に手を当てていた。 俺が何をしてるのか聞くと、ただ「春の音を聴いてるの。」って言って控えめに笑って。 その微笑みに惹かれた。 それから毎日君の隣で色んな君を見ていた。 泣いている君も、笑っている君も。 行った場所も、全部覚えてる。 君の好きなものだって、何一つ忘れてない。 だって俺はお前のこと、愛してるからーーー あぁ、なんでこんなこと考えてるんだろう。 頬が涙で濡れていく。 いくら強く唇を噛んでももう抑え切れなかった。 会いたい。 なぁ、戻ってこいよ。 叶わない願いが、想いが、どうやっても消えないままなんだよ。 昔、彼女がやっていたように桜の幹に手を当てたら、温かな桜の鼓動が聴こえた。 あの時、俺にはわからなかった君が感じていたものがやっとわかった気がした。 ふと気がつくと辺りは茜色に染まり始めていた。 さすがにそろそろ帰らなきゃな。 伏せていた目を上げると、1匹の猫がいた。 猫は一声みゃう、と鳴くと尻尾を一振りした。 何故かはわからない。 けど、君に似ていると感じた。 いや、似ているというよりーーー 「君、なのか…?」 俺が問いかけると、君はみゃうっ、と鳴いて擦り寄ってきた。 もう、何も考えられなかった。 こんなの奇跡だ、って。 本気でそう思った。 喜びと感謝の思いが溢れ、頬を伝った。 桜の木の下で泣き崩れている一人の男と、それに寄り添うようにしている一匹の猫を、盛春の斜陽が、柔らかに、包み込むように照らしていた。 ーーーそして今、俺は彼女と暮らしている。 来世の、今よりももっと一緒に、幸せに暮らせる日を願いながら。
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