パレット

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 なんとなく、風の流れが見えるような気持ちになることがある。ほら、よくあるじゃないか、エアコンとか掃除機とかの起こす風の流れに、うにょんうにょんした矢印が引かれたりする。あれのことだ、あれ。あれが見えるような気がするのだ。それも、なぜだか、春にだけ。  未だに、この話に賛同してくれる人間に、一人以外、お目にかかったことがない。たいていは、僕の両の眼を覗き込むようにしてみたり、ゆるく握った拳で頭をコンコンと叩いてきたり、要は風がどうのというより僕の頭に風穴でも開いているのではないかと心配になっているのである。ちょうど僕が、二年ほど付き合った彼女に振られた直後だったから、失恋のショックで本当に頭の中のバイタルパートが破壊されたのではないかと、妙によそよそしく、それでいて不気味に優しくなった友人たちに飲みに連れていかれたりしたことは記憶に新しい。  とはいえ、最初から僕のその「風が見える話」に対して「確かにそうかもね」という賛同意見をくれた存在が、この世界にたった一人だけ、存在する。しかもその存在は、友人知人とかそういう類の存在ではなく、もっと身近な存在だ。灯台なんちゃらかんちゃら、という言葉はまさしくこのシチュエーションのためにあると言っても過言ではないかもしれない。 「お、なんか跳ねた。ばしゃっ、っていった」  その稀有なる存在は、僕にとって見れば、年上の、異性の、親ではない親族。  世間的に「姉」と呼ばれるその存在はしかし、僕と、血の繋がっていない、義理の姉である。
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