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「泣いて、ない」
「頬に涙の跡ついてるけど」
言われて手を当ててみると、目の下から頬にかけて、流れに沿って乾いたような感触がある。今更隠したりなんかしない。
そもそも何なの、この人。急病という誤解が解けた後もやたらと気さくに絡んでくるし、学校の名前と苗字以外は得体が知れない。同じ高校生とはいえ、カツアゲやチカンかもしれない。
「花粉症でかゆいんです」
「……ふーん」
睨んだまま答えると、松本くんは表情を変えずに私から顔をそらし前に向き直った。
人通りも車通りもない、のどかな歩道が寝そべっている。申し訳程度の量の花びらがまた舞った。
「俺さー」
言いながら、松本くんはひょい、立ち上がった。
「嫌なことあると普段いる場所とは別の場所に行きたくなるんだよね。学校とか家とか友達のとことか、嫌いじゃないんだけど」
私の方を見ずに続ける。
「こーいう、だだっ広いとことかいいよね。周りになんもない分、解放的になれるっていうか、晴れるっていうかさ」
周りをぐるりと見渡した後、振り向いてにっと笑った。
「なんで、泣いてたの?」
さっきまでのゆるい笑みとは違う。
「言っちゃえばいいのに」
困っている訳でもバカにしている訳でもない。
見透かしつつも見守るような不思議な笑みだ。
「泣いてなんか……」
ない、と言い切ろうとした瞬間、右目からぽろっ、と涙がこぼれた。
「……っあ」
一度こぼれたそれは、すぐにもう片方の目からもこぼれた。
さっきあんなに泣いたはずなのに、止める間もなくまたあふれていく。
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