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「……思った以上にこの道を人が行き来しているみたい」
恵鈴は気分が悪いのか、顔色が真っ青だ。
「え?どうした? 大丈夫か?」
俺の問いかけに首を振って応えるが、言葉が出て来ない。
「……なんか、ここ。気持ちが悪いの」と、涙目でやっとつぶやいた。
俺は恵鈴の肩を抱いてやる。服もコートもとっぱらって、今すぐ素肌に触れて抱きしめたくなってくる。そこに安らぎがあることを知っているから、精神的に辛くなった時ほど俺達は互いの体温で支え合ってきた。
山道に突然、いかつい門が立ちはだかった。後部座席から見えるフロントガラスの向こう側をジッと睨みつけていると、女性警官が助手席から降りてゴツゴツした表面の門柱に埋め込まれていたであろうスイッチらしきものを、人差し指で押す仕草だけは確認できた。
特に手入れされているわけでもない原始的な森林に突如として現れた人工物。昼間だというのに薄暗いせいで、よからぬ妄想をしてしまいそうになる。ここに、お袋も親父も来たのだと思うと、不気味に負けて立ち去るわけにはいかない。幸い、頼もしいかどうかは置いといても警察官二人が同行してくれているんだから、何が起きてもきっと大丈夫、のはず。
女性警官は斜め上を見上げた。その視線の先に目をやると、小さなカメラらしきものが視えている。あちらさんは来客者の姿格好をしっかりと目視できるようだ。
一見すると見落としてしまいがちな控え目なカメラに、親父は気付いていただろうか?
ガチャン、と突然大きな金属音がしたと思ったら、ゆっくりと門が開き始めて、金属が擦れているような振動音が一帯に響き渡って行った。それを特に顔色も変えずに見ていた男性警官が、ゆっくりと車を発進させて門を通り抜けた。
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