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その黒い孔に目を吸い寄せられ、男性の手よりも小さな鉄砲だとわかると同時に脳がこの事態を受け入れようとしないのか、悪い夢を見ているとしか思えなくて……。
無意識にゴクンと唾を飲み込んだ。
「そこにいるんだ」と、震えた声で命令された。
砂利を踏む足音が聞こえてきて、振り向こうとすると「動くな!」と命令される。
速足で近付いてきた足音が、私の座っている場所から最も近いドアの前で止まった。すぐにドアが開いて、私の腕を何者かが掴んだ。
「そんなものをこの人に向けるな」と言った声に覚えがある。
男性警察は銃を下ろして、ホッとした顔をしてから車を降りた。私も引き摺り出されるようにして車から降りると、声の主をやっと見上げた。
大学でしょっちゅう私の前にやってきた男だ。
「ごきげんよう、東海林さん。僕が来たからもう大丈夫です」
爽やかに微笑むけれど、異常な事態の中で思いがけない登場をされて何と言って良いのかわからない。
細面の長い顔に、大きくて切れ長の目、細くて高い鼻、薄い唇と尖った顎。刈り上げた髪の天辺だけカールした独特のヘアスタイルに、甘ったるい香水の香り。赤と貴重としたスーツを着て、ネクタイは真っ黒。いつ見ても彼のファッションは芸術大学の中でもひときわ目立つものがあった。
梅田原 凱彦は、恭しく私の手の甲に口付けまでする。
その手を引っ込めて、身構えた。
「すっかり怯えてる……。申し訳ないことをしました。彼には後でキツク言って聞かせるので、この僕に免じて忘れてあげてください」
どういう関係なのか、どうしてこんなことをするのか、わからない。
すぐに思いつく言葉もなくて、私は燿馬の方を見たけれど垣根に隠されて姿が確認できなかった。大声を上げようと息を吸い込んだら、大きな手で口を塞がれてしまった。
「君は僕のそばにいたほうが安全ですよ。他の連中のところに行けば、どんな目に遭うか……」
梅田原 凱彦は私の耳元で囁いた。
「もう間もなく、パーティーが始まります。僕が君を無事を保証してあげますよ」
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