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―――あとは、確か。椿と菊。
ママの話に登場したのは、梅田原だけ。
波戸崎家のシンボルは?
椿と菊のどちらかということ?
壁際に置かれた立派なドレッサーの鏡に映る疲れた自分の顔を見つめながら考えていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
水差しとコップが置いてあるテーブルで、水を一口飲んでからドアを開けると、梅田原 凱彦が正装に着替えて立っていた。その隣には見覚えのある女性が立っている。真紅のドレスを着て、花をモチーフにした見事な宝石のネックレスを首から下げていた。
「やはり、着替えはまだのようですね。婚約者のすみれを連れて来ました。わからないことは彼女が教えてくれます。何でも聞いてみると良いでしょう」
そう言うと、彼はすみれさんの背中に手を添えて部屋に押し込むようにして彼女を入れると、またドアを閉めて鍵をかけた。
「こんにちは。東海林さん」
斉藤 すみれ は同じ学部の先輩だ。まさか、こんなところで大学の顔見知りと会えるなんて思わなかった。食堂で目立つ彼女がいるグループに、梅田原 凱彦が一緒に居るところなんて見た事がない。直接、話をするのはこれが初めてだ。
「本当にあの人と婚約してるんですか?」
「そうよ。
パーティーまであと一時間もないわ。
ほら、着替えとお化粧をしなくちゃ。私が手伝うわ」
彼女はまるで普通だった。私達家族が拉致されているとは思っていないみたい。
「……あの、彼らが何をしてるのか知ってるんですか?」
私は戸惑いながら聞くと「ええ、もちろん」と満面の笑みで返される。
「私、誘拐されてここに居るんです!
あなたは犯罪に加担してるんですよ? わかってます?」
すみれさんは一瞬不愉快そうに顔をしかめてから、またすぐに笑顔になる。
「犯罪だなんて、そんなの大袈裟よ。
とにかくパーティーが始まる前に、身支度を整えないと」
まるで聞く耳なしの冷たい反応に、歯がゆさと焦りだけがこびりついた。
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