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見ると、あの不気味が笑顔のおばさん修道女が着替えらしきものを手に立っていた。
「……なんでわざわざ」「ご主人様の言う通りにしたまでです」とおばさんは飄々としている。悪びれた様子などない。
「警官は?」と聞いても何も答えようともしない。
「あんた!!」と、声を荒げようとしたら、「時間がないので急いで下さい。遅れるときっと後悔しますよ」と脅される。
俺は服を着替えた。今までの人生で着たことがないような、高級そうな生地のスーツだ。ズボンの裾を合わせたおばさんは針と糸であっという間に裾上げを終えた。
「さ、行きましょう」と、何の説明もない。
―――警察でもダメなら、誰を頼ったら良い?
俺は焦りながらも考えを巡らせたが何も思い浮かんでくれなくて、いよいよ焦っている。
「くっそ!せめて、何が始まるのかだけでも教えてくれよ、おばさん」
おばさんは半開きの目でぎろりと俺を睨み付けるだけで、無言を貫くつもりらしい。
「あのさ。あんた、命令されたら人殺しもするわけ?」
俺の声だけが虚しく廊下に反響するばかりで、おばさんは背筋を伸ばしたままスタスタと進んでいく。あの甘ったるい匂いはもうなかった。
―――そういえば、なんで俺眠ってたんだっけ?
「どうぞ、こちらです」
突き当りで待つおばさんは俺に考える時間も与えてくれない。しかも、愛想笑いもない。丁寧な口調だけど、完全に俺の人権なんて無視していやがる。
俺は踵を返して廊下を走ろうとしたら、「妹さんがどうなっても宜しいんですか?」と呼び止められた。
「お前ら! 恵鈴までまた拉致ったのかよ?!」
おばさんは能面顔で俺を見て、首を傾げた。それはさっさと来いよという合図と見受けられた。めちゃくちゃ怖い―――。
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