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「ここにはここの流儀があります。世間とは違うので戸惑うのは仕方のないことですが、ここに居る以上は従って貰わないと、牢屋に入れられてしまいますよ」
おばさんはやたら早口でそんなことを言った。
ちょっとは人間らしい言葉が聞けて、ホッとする。
「……あんた、ここは長いの?」
勇気を振り絞って、落ち着いた男の体裁を立てながら聞いてみると、おばさんはちらと俺の顔を見てから「はい。15歳の頃からのお勤めですので」と応えてくれた。
長い廊下の終わりで、おばさんは俺の身だしなみを再チェックする。
「少しだけ、ここで待機して下さい。一度、様子を見て参ります」
そう言うと、背の高過ぎるドアをわずかに開けて、滑り込むように消えて行った。
壁には風景画が並んでいる。どれもこれも樹が真ん中に鎮座し、春夏秋冬の四作品が並べられている。額縁はシンプルで、作者らしきサインも小さく控え目だ。光と影を巧みに使った繊細なタッチの油彩画に、俺は呆然と見惚れていた。
―――ここは一体、何なんだ? 今から何が始まるんだ?
―――親父もお袋も恵鈴も、同じようなことになっているんだろうか?
ドアが開いて、人々のざわめきが一瞬だけ聞こえた。おばさんは出てくると、あの造り笑顔を張り付けて「こちらへどうぞ」と声を掛けられた。
恐る恐る扉の向こう側を見ると、細長く大きなダイニングテーブルに、いくつもの椅子が並んでいて、まるでハリーポッターの魔法学校の食堂みたいな光景に、俺は息をのんだ。
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