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「恵鈴が」と、お袋の悲痛な声でまた引き戻された。
両手で顔を覆い隠しながら、お袋は震えていた。
「早く恵鈴を取り戻さないと、大変なことになるわ」
「大変なこと?」
「コレクターは自分の欲しいイメージを恵鈴に押し付けて、無理矢理絵を描かせる。恵鈴の心が壊れるリスクがかなり高いわ。
私が知っている田丸燿平というアーティストは、恵鈴以上に繊細で同時に大胆な一面を持っていた。彼らが絵を描く原動力は本人が描きたいからというより、何か別の意思や力に突き動かされている側面があるの。そんな人に命令や注文を付けたところで、望んだ作品が生まれてこない。
赤ちゃんと同じで、生まれた子をありのまま愛することが出来なければ、作家は心を壊す……。そんな気がするの」
俺の体も勝手に震え出した。
早く、すぐにでもこの腕に恵鈴を抱き締めたい。でなければ、何かが手遅れになる気がする。
「考え込むと辛くなるわ。今は少しでも恵鈴に近付いて、迎えに行かなくちゃ!」
お袋から発破をかけられて、俺は嫌な感覚をふるい落とした。
「あのさ、なんか気持ち悪いんだけど、相手はたまたまお袋の家系の関係者かもって話と、田丸燿平のコレクターかもって話が重なってんの?
こんな偶然あるかよ?
あまりにも偶然の一致が出来すぎてる気がするんだけど……」
最大の疑問点を質問に変えた途端、俺の胸やけは少しだけマシになった。
「ようちゃん。私は偶然じゃないと思ってる。変な話に聞こえるかもしれないけど、こうなることは決められていたのよ、かなり前から」
「そんな…。信じられない!決められてたなら、わかってたなら、どうして防げなかったんだよ?!」
お袋に文句言ってもしょうがないけど、俺は……。
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