第二章 手繰り寄せられて

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 背後に立つ男はまだ自分の素性を明かそうともしないのはどうして?  恵鈴の大学で見た梅田原という男とは違う、この若い男は一体……。 「光栄だな。今、僕のことを考えてますよね?」と、嬉しそうな声で言われ。  心の中で舌打ちをした。 「あなたは、ご主人以外の男性にまったく免疫がない……でしょう?」  こんな一回り以上も若い男にそんなことを言われる日が来るなんて、信じられない。立ち止まったらすぐに「止まらないで下さい。夏鈴さん。注射すぐに打っちゃいますよ」と脅された。  扉が勝手に開いた途端、光が眩しくて目を細めると「立ち止まらない」と催促と共に背中を押されて部屋に入ってしまった。 「連れてきましたよ」と男が言うと、どっしりとした大きな四つ足の椅子に腰かけている和装の老人と目が合った。  初めて会うのに、なぜか知っている気がする。  目元と言い、口元と言い、頬杖をする手の指や首の長さ、薄茶色の瞳の色―――。  皺だらけとはいえ細身で投身の高いその容姿は、紛れもなく燿馬に似ている。 「やっと会えた……」と枯れた声で言われ、老人は手招きをした。 「野々花……、おかえり」  意外な名で呼ばれて、私は首を振った。 「私は、野々花さんではありません!」 「……いや、同じだよ。お前は野々花だ。私にはわかる」  背後の男が私の肩を掴んで押してきて、老人の前まで突き出されてしまった。枯れ枝のような手が伸びてきて、私の手を握ったと思ったら。目の前で老人が私を見上げて、その瞳から大粒の涙を流した。 「会いたかった……、死ぬ前にお前にまた会いたかったんだよ」
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