第二章 手繰り寄せられて

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 強制的に閉じようとする瞼を必死で持ち上げても、指先一本でさえも自由には動いてくれない。何なの、これは……。  出ていく後姿がすっかり滲んで、部屋のドアが勢いよく閉まる音のすぐ後に鍵をかける音が二度響き渡った。  やっと居なくなった。  でも、ここはあの憎き龍の寝室で、彼の匂いがそこら中から私を包もうとする……。  抵抗も虚しく、私は目を閉じて闇の中へと落ちて行った。 * * * * *  まだ日陰や木の根元には残雪が残る山の中で、途中靴が沈むぐらいのぬかるみに足を取られながらも前進していくと、まだ芽吹く前の梢の向こうに白い建物が見えてきた。 「っは、夏鈴!」  あそこに夏鈴がいる。  それだけはやけにはっきりと確信できる。  歩きにくい斜面を上がり、あちこちに泥がついている。  明け方最も気温が下がる時間帯で、息も白い。  大分空が明るいけれど、森の中は薄暗かった。  息を切らし、汗ばんだ体を覚まそうと上着を脱いで肩にかけて歩いていくと、急に木が生えてない小さな丸い広場に出た。落ち葉こそ敷き詰められているが、中央に円形の艶のある石が置かれている。何かのモニュメントらしい。  しゃがんで葉を払いのけると、アルファベットで何行もの名前らしきものが彫られていた。そして、縁を縫うように泳ぐ二頭の龍がいる。これはきっと教団施設があった名残なのだろう。今はもう忘れられているような荒れ具合だ。  俺にとって宗教は必要ないもののひとつだ。自分にルールがない奴が頼りにするものであり、俺みたいな妙な拘りが強い男には無用の長物でしかない。
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